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組織を学ぶ一冊 Vol.2 「ひたすら読むエコノミクス」(名古屋市立大学経済学研究科教授 奥田 真也氏)

「組織を学ぶ一冊」第ニ回は名古屋市立大学経済学研究科 奥田真也教授に「ひたすら読むエコノミクス」を紹介いただきます。

 

 

組織を学ぶのにエコノミクス?

組織を学ぶのになぜエコノミクスなのか。訝しげに思う人も多いのではないだろうか。この疑問に関してはこの本の著者で早稲田大学教授である伊藤秀史氏のコラムが必要にして十分な回答かもしれないが、あえて屋上屋を架すのがこのコラムの役割である。

経済学とは?

高校の政治・経済、あるいは1990年代までの経済学は主に市場や国単位の経済が主な分析対象だったので、経済学というとそのようなものしか分析しないのでないのかという誤解をお持ちの方も多いと思う。ところが、1990年代以降の経済学では、人が合理的に行動するとしたらいったい何が起こるか、合理的に行動できないとしたら何が問題で、その問題をできるだけ起こさないようにするにはどうするのか、といったように人の行動原理やその結果に経済学の研究対象が広がったのである。さらにその中でも人(や組織)と人(や組織)との約束である契約がどのような場合になぜ結ばれるのか、どのような場合にうまくいかないのか、に対しても分析が深まってきている。

このような分析を行うための理論が契約理論である。この分野に最も貢献のあった二人の経済学者に2016年度のノーベル経済学賞が授与されたが、この分野で最も貢献のあった日本人がこの本の著者である伊藤秀史氏であることはおそらく異論がない。またその理論の応用先として成功したものの一つが組織や人事の経済学なのである。これがこの本を組織を学ぶ一冊に採りあげた理由である。

(この本では市場をどのように設計するかというメカニズムデザインについても解説されているが、組織を学ぶというこのコラムのタイトルとの齟齬並びにこのコラムの筆者たる私の能力の限界により、その部分については論評を行わない。興味を持たれた方はたとえば大阪大学の安田氏のこのコラムを読むことをお勧めする)

内容

組織に興味を持つ者にとって一番興味深いのは第6章 サボりの誘惑に打ち勝つ、第7章 真実を引き出す、第9章 思惑の衝突を超えて であろう。第6章はいわゆるモラルハザードについての説明であるが、経済学の立場からは自己利益追求はだめであると断罪するのではなく、それを前提としてどのような制度設計をするのが良いのか、を重視していることがわかるだろう。第7章では、一見すると意味のない活動がその人の能力を示すことにつながっている(シグナリング)や相手に行動の選択を任せることでうまく能力に関する情報を引き出す(スクリーニング)方法などについて議論されている。第9章では、組織内コーディネーションや権限移譲について解説が行われている。

これらの話題を議論するためにいろいろな道具立てが必要である。まず「合理的」に意思決定するとはどういうことなのかを第2章で議論し、その人たちが複数集まると何がおこるのかを議論するのが第3章のゲーム論である。もっとたくさんになると相互作用による想定外の結果はなくなるものの、多数が集まるが故の様々な現象が観察されるようになる。それが第4章の市場に関する章で、ここが「伝統的」な経済学で深く扱われている内容になる。第5章にでは未来に何が起こるかわからないという不確実性がどのような影響を与えるかについて議論している。第2章から第5章までの内容も非常に深遠な内容を含んでいるが、それらが非常に簡潔かつ明瞭にまとめられているため、経済学的発想にとりあえず触れるというのには非常に適しているだろう。

とりあえず読んでみる

前回紹介した『組織と人事の経済学:実践編』に比べて、圧倒的に薄く、数式も使われていないことから、とっつき易い本であることは間違いない。ただ、著者自身が指摘しているように、この本のレベルは入門書にも達しておらず、あくまでも経済学的発想の入り口に誘うための本である。たが、具体的例も豊富で文体も読みやすいため、入り口から中を覗いてみて、楽しそうと思ってもらう本としては非常に適した本だといえよう。

もちろん、中に入ってみれば外から見えない苦労はいっぱいあるのだが、中に入ることで見えてくるものは非常に示唆に富むものである。その魅力を感じれば、もう少し勉強して組織の理解をより深めようと思うのではないだろうか。その意味で、組織を学ぶことに悩む人はとりあえずこの本を手に取って、入り口の外から眺めてほしい。その後、きちんと学ぶという苦労はあるものの、より大きな果実を得られる世界に飛び込んでもらえればと思う。

【今回の一冊】

ひたすら読むエコノミクス
著者:伊藤秀史
出版社 有斐閣

〈筆者紹介〉

名古屋市立大学経済学研究科教授 奥田 真也 氏
専門:会計学
2002年3月 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了 博士(商学)を授与される
大阪学院大学流通科学部講師、准教授、名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授などを経て、2017年4月より現職

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