時代の変化に伴う対応が求められる中、組織でクリエイティビティを発揮し、今までにない価値を創ることが求められています。その挑戦において重要なのが、「管理職の目標管理やリーダーシップ」です。本セミナーでは、組織リーダーシップに関わる研究や実践に取り組む3名のゲストを迎え、組織のクリエイティビティを引き出す管理職のマネジメントについて、考えを深めました。
学術研究と企業実践から組織における創造性を考える
2023年4月25日(火)、「組織のクリエイティビティを引き出す管理職のマネジメントとは? 〜学術研究とUdemyの実践から学ぶ創造性の高め方〜」と題したセミナーを開催しました。初めに、当社代表取締役の奥田和広が、組織マネジメントに関する調査結果を報告。次に、ベネッセ教育総合研究所研究員の佐藤徳紀氏と、東京大学准教授の稲水伸行氏が、ベネッセ教育総合研究所と東京大学が共同で取り組む、管理職の目標管理やリーダーシップと創造性に関する研究結果を発表しました。そして、その実践事例として、株式会社ベネッセコーポレーション社会人教育事業本部長でUdemy日本事業責任者である飯田智紀氏が、自身の組織運営における管理職の目標管理とリーダーシップについて紹介しました。
目標設定が仕事のやりがいに大きく影響
当社の奥田は、現状把握として組織マネジメントに関する調査結果を報告しました。
多くの日本の企業が、新価値創造・イノベーションが起こせていないという課題感を持つ中(※)、管理職の役割が非常に大きくなっています。そこで、当社では、「課長の仕事に関する実態調査」を実施しました。課長の仕事にやりがいを感じている課長は52%で、やりがいを感じている課長ほど、上位目標に意思を込めていることがわかりました(図1)。また、やりがいを感じている課長は、直属の上司に業務の相談していることも明らかになりました。つまり、目標設定や職場環境が、仕事のやりがいに大きく影響があり、目標設定や組織マネジメントは非常に重要だといえるでしょう。
図1 課長の仕事に関する実態調査
※「マネジメントに対する人事担当者と管理職層の意識調査 2022年」(株式会社リクルートマネジネメントソリューションズ。n=300)
従業員の目標の持ち方とチーム学習が、創造性の発揮に影響
佐藤氏は、管理職の目標管理やリーダーシップと創造性に関する論文を紹介しました。
管理職の目標設定やリーダーシップによって、従業員メンバーのクリエイティビティを引き出すことは、企業活動において非常に重要です。しかし、それは難しい側面もあります。例えば、従業員にとっては、目標は明確な方が行動しやすいですが、目標達成に焦点が当たりすぎると、既存の達成手段にとらわれてしまい、視野が狭くなってしまうからです。
そこで、先行研究を踏まえて、管理職は組織のクリエイティビティを引き出すような環境をどのようにつくるべきかを、共同研究のテーマとしました。その共同研究の前段として、従業員の創造性に関して、個人の目標の持ち方とチームにおける学習行動との関係性を分析した論文を紹介します。
同論文でキーワードとなる用語の定義は、以下の通りです。
・創造性:従業員が製品、手順、プロセスに関して斬新で有用なアイデアを生み出すこと
・学習目標志向:能力開発と課題解決の習得に焦点を置いた目標の持ち方
・達成目標志向:他者への能力発揮に焦点を置いた目標の持ち方
・チーム学習行動:心理的安全性に基づき、振り返りによる意思決定、質問、フィードバックの要求、リスクについて議論などチームでの問題行動を実行
同論文には、大手製薬企業研究部門で働く管理職と従業員を対象にアンケート調査を行い、従業員の目標志向、チーム学習行動、創造性の3つの関係を探った結果が紹介されています(図2)。そこでは、4つのポイントが挙げられています。
・ポイント1:個人の学習目標志向が高いほど、従業員の創造性が高いが、チーム学習行動によらない
・ポイント2:チーム学習行動が高いほど、従業員の創造性の上がり方は大きい。ただし学習目標志向が高い場合は限界がある
・ポイント3:チーム学習行動が高い場合のみ、達成目標志向が高いほど、従業員の創造性が高い
・ポイント4:チーム学習行動が低い場合は、達成目標志向は創造性と無関係
図2 従業員メンバーの創造性を高める条件
以上のことから、従業員の学習及び達成目標志向が、チームの学習行動との組み合わせと相まって、従業員の創造性が発揮されるという可能性が見て取れました。ただ、同調査は、研究部門を対象にした結果であり、その特質を考慮して捉えるとよいでしょう。
「アイデアジャーニー」の各フェーズで有効なリーダーシップとは?
続いて、稲水氏が、本セミナーのテーマに関わる先行研究の紹介と、組織における創造性に関する共同研究の結果を発表しました。
「アイデアジャーニー」とは、創造性を発揮して製品・サービスを世に出すまでのプロセスのことで、アイデアが「生成」されてから、製品・サービスとして高い成果を出す「実行」までの過程を「長い旅」と捉えています。クリエイティビティの研究において、最近、注目されている概念です。
アイデアジャーニーは、「生成」「精緻化」「擁護」「実行」の4つのフェーズに分けられ、それぞれ求められる要件は異なります。例えば、アイデアの「生成」には、ものの見方が硬直していると新しい見方を受け入れられないため、認知の柔軟性が必要です。
その4つのフェーズを土台として、それぞれの場面において必要なリーダーシップは変わるのではないかと仮説を立て、研究を進めています。
創造性に関わるリーダーシップには、次の2つがあると言われています。
・変革型リーダーシップ:不確実な環境の組織の中で組織をいかに導いていくかに注目し、フォロワーの価値観や態度を変化させるリーダーシップ
・エンパワーメントリーダーシップ:従業員が自律的に行動できるように、上司が従業員を支援するリーダーシップ
「変革型リーダーシップ」の対照となるのが、「交換型リーダーシップ」です。これは、リーダーは、達成すべき目的や必要な役割を明確に示し、フォロワーを動機づけ、フォロワーが達成すべき目標や必要な役割を果たした時に報酬を提供するというものです。
先行研究では、アイデアジャーニーの各フェーズでどのリーダーシップが有効か、一貫性がないことがわかりました。そこで、それを細かく分析しようと、共同研究では、5つの企業の管理職129人に、アンケートとインタビューを行い、アイデアジャーニーの各フェーズで、どのようなリーダーシップが求められるのか分析しました。
まず、各企業に、アイデアの「生成」から「実行」までの4つのフェーズを、5段階で自己評価してもらいました。すると、いずれの企業も「生成」「精緻化」は得意でしたが、「実行」に課題があることがわかりました。
次に、4つのフェーズに有効なリーダーシップは何かを見いだすため、相関分析を行いました(図3)。その結果、「生成」「精緻化」「擁護」に効果的なリーダーシップには、「知的刺激」(リーダーが思い込みに挑戦したり、リスクを取ったり、フォロアーのアイデアを募ったりする度合い)や「コーチング」(メンバーを教育し、彼らが自律するのを助ける一連の行動)であることが明らかになりました。ただ、勤務年数が短い場合、アイデアが「生成」されても「実行」のスコアは低いという結果でした。生成されたアイデアが、会社の方針と合っているかどうかで、実行されにくいのではないかと考えられます。一方、勤務年数が長い場合、アイデアジャーニーの経験があると、「実行」を見越して前段階のフェーズを進められるようになるため、「実行」につながりやすいと言えることがわかりました。
図3 アイデアジャーニーの4つのフェーズと各リーダーシップの相関分析
Udemy事業における創造的な行動のための目標設定と学びの工夫
飯田氏は、創造的な行動のための目標設定と学びの工夫の事例として、自身が本部長を務める社会人教育事業本部での実践を紹介しました。
株式会社ベネッセコーポレーションは、2015年からアメリカのUdemy社と提携し、大人の学びを支援する教育プラットフォームUdemyを日本で提供しています。現在、国内で100万人、1000社以上が利用するサービスへと成長しました。サービス提供をスタートしてから3年間は、事業は成長しているものの、その度合いは計画値を下回っていました。ところが、2018年に私が担当し始めてから、約5年で26倍以上成長しました。
Udemy運営を担当する社会人教育事業本部には、1つの事業部門でありながら、法人営業やマーケティング、商品開発、データサイエンス、新規事業開発など、多様な専門性を持った人材が集まっており、個人向け、大学向け、大学・専門学校・自治体向けと様々な顧客を持つマトリックス型の組織構造をしています。また、社員の約9割がリモートワークをしており、在宅でも各自がパフォーマンスを発揮することが求められています。そのための組織づくりのポイントとして、多様性と主体性を掲げています。
目標設定の工夫には、2つあります(図3)。1つめは、目標は決めますが、そこへの到達方法はこだわらないということです。社員に任せて、クリエイティビティを発揮できるようにしています。2つめは、実力値よりあえて15〜20ポイント上げて目標を設定することです。アメリカのUdemy社では、社員は「事業は必ず伸ばす」といった強い使命感を持って働いています。そうした目標設定の考え方を当事業部にも取り入れています。
図3 組織作り・運営で意識していること
その2つを実践する中で、個人学習からチーム学習につながり、社員の創造性が発揮され、事業成長につながった事例が多数あります。例えば、法人営業の担当者は、Excelのマクロを学んで、見積書を自動化作成するシステムを作り、業務の効率化させました。私たち管理職がそれを称賛したことで、ほかの社員も次々に創造性あふれる提案をするようになり、事業部内に好循環が生まれました。
創造性を発揮する組織とするために、管理職として意識していることが2つあります。まずは、学びの文化づくりです。管理職も気づきや学びを社内チャットに書き込んで学び続ける姿勢を見せ、学びの文化を醸成するようにしています。もう1つは、経営と現場のコミュニケーションを切り替えることです。相手によって意図的に話し方を切り替え、それぞれのステークホルダーが理解しやすいよう心がけています。
【質疑応答】若手社員が自走できる環境をいかにつくるか
発表後、事前に寄せられていたアンケートと当日参加者からチャットに書き込まれた質問に対して、奥田と3人の登壇者が答えました。
質問1:部下を指導しながら組織としての成果を上げつつ、同時に自分も成果を上げなければなりません。プレイングマネージャーは、部下の育成と自分の業務をどうすれば両立できるでしょうか。
佐藤:部下が自ら学び、創造的な提案をするようになれば、管理職は、自身の業務に集中できるのではないでしょうか。部下が自走するためには、調査結果にもあったように、上司が部下に知的刺激を与え、成長できる環境を整えることが重要だと考えます。
飯田:自分の働き方を振り返ると、プレイヤーとしての業務内容を徐々に変えていきました。組織が大きくなるにつれ、自分自身がお客様と接する時間を減らし、仕事のフィールドを拡大することに力を入れて、メンバーが成長できる機会を設けることに力を入れています。
質問2:若手社員の育成では、手とり足とり面倒を見なければ成長しない感覚があります。どのようなアプローチで育成すればよいでしょうか。
飯田:若手社員の育成方法としては、上司は責任が取れる範囲で負荷をかけた仕事を任せ、若手社員が創意工夫するのを待つことが、効果的だと感じています。一人ひとりの状況を見極め、若手社員と合意形成した上で、少し高い目標設定をすることが重要です。
稲水:意欲はあっても、最初の一歩の踏み出し方がわからないという若手社員が多いと聞きます。負荷のかかる仕事を完全に任せるのではなく、どのように取り組むかヒントを出すなど、見通しを持たせることが、成長を加速させるための一つの方法だと思います。
奥田:若手社員の意欲や創造性を高めるには、上司が少しでもできたことを褒めるなど、若手社員の自己効力感を高めるリーダーシップ行動をとることが必要だと思います。また、先ほど飯田さんがおっしゃっていたように、周囲の社員の努力や学びを称賛することで、自分も頑張ろうという意欲が生まれると考えます。
質問3:最近、管理職を目指すことを敬遠する社員が増えていると聞きます。管理職という役割はそもそも必要なのか、立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。皆さんはどう思われますか。
飯田:第5回のワールド・ベースボール・クラシックで、日本チームはキャプテンを置かないことが話題になりました。実質的にチームをリードする選手はいましたが、一人ひとりが主体性を発揮し、勝利をつかみました。新しい世代を束ねていく上で、そうしたエンパワーメント型のリーダーシップを持つ組織が求められていると思います。
奥田:弊社では、目標管理手法の一つであるOKR導入コンサルティングを手がけています。創造性を高めるという視点から考えると、私も、チームをコントロールするのではなく、チームとして成果を上げるためのマネジメントが求められると思います。そうしたマネジメントであれば、やりがいを感じる社員が増えるのではないでしょうか。
質問4:創造性を引き出すリーダーシップは、どのように開発すればよいのでしょうか。
佐藤:リーダーは、組織が創造的になるために必要な自分の役割を考え、そこに向かって自己研鑽していくことが大切です。また、部下からどう見られているのか、フィードバックをもらい、自分を見つめ直すことが、リーダーシップの開発につながると考えます。
最後に奥田より、登壇者3人へのお礼とまとめの挨拶があり、盛況のうちにセミナーは終了しました。
登壇者プロフィール
佐藤徳紀氏
株式会社ベネッセコーポレーション ベネッセ教育総合研究所研究員
2012年株式会社ベネッセコーポレーションに入社後、中学生向けの理科教科の教材開発を担当。2016年6月から初等中等領域の調査を担当後、情報企画室、教育研究企画室の研究員に着任。専門は電気工学、エネルギー・環境教育、理科教育、博士(工学)。
稲水伸行氏
東京大学大学院 経済学研究科 准教授
2003年東京大学経済学部卒業。2008年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士 (経済学)(東京大学、2008年)。2005〜2008年日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、2016年より現職。企業との共同研究によるオフィス学プロジェクトを主宰。主著に、『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会、2014年。第31回組織学会高宮賞著書部門受賞)。
飯田智紀氏
株式会社ベネッセコーポレーション 社会人教育事業本部長、Udemy日本事業責任者
ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)とソフトバンクグループ株式会社で経営企画・グループ会社管理、事業再生・国内外投資業務などに従事。2015年9月よりベネッセホールディングスに参画。現在はベネッセコーポレーションでUdemyを中心にリカレント教育・リスキリング事業などの新規事業開発を推進中。