中小企業では経営者から現場の距離が近い反面、大企業とは違うマネジメント課題を抱えています。そのため経営管理については中小企業の特徴にあった方法が必要ではないでしょうか?
今回は、多くの中小企業の研究をしている岐阜大学 篠田教授をお招きしてお話を伺いました。
中小企業のマネジメント課題
本セミナーの開始にあたり、奥田より中小企業を取り巻く状況と問題を提起しました。
日本の平均年間賃金は30年間横ばいで、G7先進国の最下位になってしまいました。賃金の原資となる一人当たり付加価値が、企業の規模に関わらずほぼ横ばいであり、大企業と中小企業の格差も変わっていません。
中小企業であっても十分な利益を出すことができれば、賃金を高めることは可能です。しかし、現実には多くの中小企業で十分な利益を出せずにいます。
低利益と低賃金の大きな要因に、戦略と実行をつなぐと言うマネジメントが上手く機能しない中小企業特有の課題があります。
まず、中小企業の経営陣、とくに経営者が一人で戦略、マネジメントを抱え込んでいる事が多い。さらに戦略は仮説でもあるにも関わらず、その検証までも経営者のみに依存しているため、負のスパイラルに陥ると立て直せなくなります。また、経営者は多くの場合トップ・プレーヤーであるため、プレーヤー業務に多くの時間を割くので、戦略やマネジメントが手薄になります。
一方で、中小企業のマネージャーは、プレーイング・マネジャーであり、マネジメントに時間も意識も割くことが困難です。しかも、大企業に比べ一人当たりの部下の人数は多い傾向があり、マネジメントはますます困難になる。さらに大企業であれば、係長➡課長➡部長のような段階を踏む成長、育成、選抜が可能ですが、中小企業では候補者も少なく難しい。
このように、中小企業は構造的に、戦略と実行をつなぐマネジメントが機能しにくい。このような中小企業にこそ、必要な経営管理とはどのようなものなのでしょうか?篠田教授にバトンタッチして伺います。
中小企業に必要な経営管理システムとは?
私は管理会計を専門に、大学で研究・教育に携わってきました。管理会計は実践のシステムですが、現実的には大企業で優れた実践が多く、当初は大企業の調査、研究をしてきました。
しかしながら、北海道大学に勤務していた頃に中小企業の経営者や支援者と繋がりが広がっていく中で、むしろ中小企業の経営管理、マネジメントシステムに多くの課題があることが分かってきました。そこから中小企業の実践的な管理会計にも関心を持ち、向き合ってきました。
マネジメントコントロールシステム
経営管理の仕組みを考える上での、コア概念について話していきたいと思います。組織のメンバーを組織の目標に向けさせる仕組みのことを、マネジメント・コントロール・システム(MCS)と呼びます。簡単に言えば、うまく経営を回す仕組みであり、典型例が原価管理や予算になります。
伝統的には管理会計それ自体がマネジメント・コントロール・システムとして捉えられてきました。しかし経営環境の変化とともに拡張された概念がいくつか登場し、その代表例がハーバード大学ロバート・サイモンズ教授(以下、サイモンズ)によるものです。(Simons, R. (1995) Levers of Control , Harvard Business School Press. ,中村元⼀ほか訳 (1998) 『ハーバード流「21世紀経営」4つのコントロール・レバー』産能⼤学出版部。)
サイモンズはマネジメント・コントロール・システムには4つの視点(レバー)があると整理しました。
1.信条システム
日本で言えば経営理念のようなものです。理念があることで、価値観、経営者の考えが共有されます。新たな問題への対処や、組織全体が同じ方向を向くために有益です。
2.境界システム
何をやってはいけないのか?をはっきり決めることです。
社内のルールづくりなどがイメージしやすい事例です。
3.診断型コントロールシステム
予算のような伝統的な管理会計が、これに位置づけられます。業績目標があって、それに向けて達成を動機付けることができます。
4.双方向型コントロールシステム
簡単に言えばコミュニケーションです。経営者、管理者、メンバーがしっかりコミュニケーションをとることで動機付けられます。
サイモンズは、この4つを組み合わせて、パッケージで用いないとダメだと言っています。例えば、予算制度を入れれば、それだけでうまくいくようなことはないでしょう。4つのレバーを、飛行機の操縦かんのように使う。つまり、状況や場面によって、それぞれのレバーの強弱を意識して組み合わせることが大切だと整理しました。
信条システム、双方向型コントロールシステムは、メンバーに自発的な行動を促します。一方で境界システム、診断型コントロールシステムは、組織がメンバーに制約を求めます。
マネジメント・コントロール・システムとしてのOKR
OKR(Objectives and Key Results)は目標(O:Objectives)を定めて、その達成をモニターする主要な結果(KR:Key Results)を3つ程度設定するものです。簡単に言えば、OKRはこれだけのシンプルな仕組みです。予算管理よりも簡単で、バランスドスコアカード(BSC)などより軽量です。OKRは原則として、人事評価や勤務評定として活用するものではありません。
OKRは仕組みが簡単で、様々なメリットがあることが強みです。
●やるべきことに集中化できる
●仕組みの導入の手間がかからない
●短期間で導入できる(社内研修なども比較的軽量)
●軽い仕組みなので,柔軟に改訂できる(⇔ 予算は改訂も大変)
●アナログでも実践可能
●目標の多層化や組織階層化などカスタマイズも可能
・・・目標の多層化:「通常業務で達成すべき目標」と「チャレンジングな目標」の設定
・・・組織階層化:会社のOKR→部門のOKR→個人のOKR
一方で、注意すべき点ももちろんあります。
簡単だからと言って、導入しても運用、メンテナンスができなければ効果は得られません。
また、シンプルな仕組みなので、あれもこれもと言った広範な管理はできません。重要なことに注力できるとも言えるので、コインの表裏とも言えます。
OKRを用いた目標(O)の設定、共有を通じて、経営者の方針が浸透するため、信条システムの特徴を備えていると言えます。また、簡素な仕組みで、目標を絞り込んでやるべきことに集中するので、何をやるべきかをはっきりとさせる境界システムの特徴も部分的に備えています。主要な結果(KR)を定めて追いかけることは予算管理に近い、診断型コントロールシステムでもあります。さらに、OKRの実践の中で、組織内コミュニケーションが行われるため、双方向型コントロールシステムとしても機能します。
OKRはシンプルな仕組みではありますが、サイモンズの4つの視点が備わっています。ですので、私はOKRの導入を通じて戦略実行力が高まると考えています。
これからの中小企業の経営に求められること
中小企業においても、戦略実行力を高めることは必要です。これができているかどうかは、とても大事です。
さらに、これからの時代、企業規模に関わらず、新しいことへのチャレンジ、変化への対応力、イノベーションを起こす力が求められます。
マネジメント・コントロール・システムの研究を見ると、双方型コントロール、つまり企業内でのコミュニケーションが機能すると、イノベーションの創発がもたらされることが指摘されています。OKRはコミュニケーションを促進しますので、イノベーションを起こす力が高まっていくことが期待できます。
さらに、OKRは目標を多層化して設定することもできますから、チャレンジへの意識づけも期待できます。
東京商工会議所による興味深い調査結果によると、中小企業においてもイノベーションの重要性が高まっています。この調査では、どんな企業でイノベーションを起こしやすいかについても調べています。(東京商⼯会議所中⼩企業部(2021)「中⼩企業のイノベーション実態調査」)
革新的な組織が取り組む組織マネジメントはどのようなものでしょうか?
組織目標の共有、経営理念・ビジョンの浸透、社内コミュニケーションの活性化に取り組む企業ほど、イノベーション活動に取り組んでいます。
これはまさにマネジメント・コントロール・システムの4つの視点にあてはまっています。
ここまでの話をまとめます。
OKRはマネジメント・コントロール・システムを体現するものであり、サイモンズの言う4つの視点を兼ね備えていています。にもかかわらず、OKRは簡単で軽量なシステムですので、中小企業でも負担なくマネジメント・コントロール・システムを機能させる手がかりになると思います。
さらに、OKRは戦略実行力を高めるだけでなく、イノベーションの創発力を向上させることにも役立つことが期待できます。
質疑応答
Q.経営管理の仕組み、マネジメント・コントロール・システムが活用できる企業と活用できない企業の違いは?
A.冒頭でもありましたが、中小企業の経営者はトップ・プレーヤーでもあります。そこでトップ・プレーヤーとして、現場の従業員を引っ張ろうとします。しかしながら、従業員はトップ・プレーヤーではなく、経営者と同じマインドでもありません。
だから、経営者は「従業員が自分と同じマインドではない」と理解することが大切です。理解した上で、従業員が意欲を高める仕組みを整備することが必要であると感じていることが大きなポイントです。
会社の人数が少ないと、誰が何をしているか簡単に把握して経営できます。ただ、見える化などが仕組み化しないままでいると、見られている社員の側も不安になります。さらに社員数が増えてくると、次第に誰が何をしているかを把握できなくなってしまいます。
そういった意味でも、経営者がマネジメント・コントロールの仕組み化をしなければいけないと本気で感じ、取り組むかがポイントだと思います。
Q.経営課題、経営戦略を経営者と一緒に考えられるマネジメント人材を育てるには?
A.多くの中小企業の経営者と接するのですが、この悩みは多いですね。現実的に解決が難しい課題なのだろうと感じています。ただ、経営幹部を育ててきた経営者の方々にお話を聞くと、仕事を任せることで育てています。自分でやった方が早いと思い、仕事を抱えこんでしまう経営者が多いのですが、勇気をもって任せていかないと、経営幹部は育たないと感じます。
一方で、経営者だけでは育てることが難しいという現実もあります。そういったときは社外の視点や経験を持つ外部の専門家を使う選択肢も有効かと思います。傾聴力もあって、でも言うべきことを言う方を外部の専門家として、相談相手や推進役として活用すると上手くいくケースがあります。
Q.人手不足で目の前の仕事で手一杯ですが、どうすれば良いですか?
A.経営管理システムはどこかのタイミングでは導入しないといけないものだと考えています。それは、成長を遂げた企業が必ず導入していることからも分かります。
でも、導入しないといけないと思うタイミングが、経営がダメになってきているタイミングになりがちです。その時点ではダメになってきているので、導入どころではないとなってしまいます。理想を言えば、調子の良いときに導入するのが良いのですが、調子がいいから導入しなくて良いと思ってしまうんです。
こういった状況はどんな会社でも一緒で、それでも導入した企業は導入しているんです。簡単なところからでも良いので、導入、整備を進めることが大事です。そういった意味では、OKRは軽量級なので、取り組みやすい仕組みの一つかと思います。
登壇者プロフィール
篠田朝也 氏
岐阜大学 社会システム経営学環 教授
【専門】
・会計学・管理会計・財務諸表分析
【経歴】
・岐阜県出身
・滋賀大学経済学部,講師,助教授,准教授,北海道大学大学院経済学研究院,准教授,を経て現職
・京都大学経営管理大学院でEMBAの講師なども担当,その他,現在,北海道大学,滋賀大学,滋賀医科大学等でも非常勤講師を担当
・管理会計コンサルタント協会顧問