「組織を学ぶ一冊」第一回は名古屋市立大学経済学研究科 奥田真也教授に「人事と組織の経済学 実践編」を紹介いただきます。
人事経済学とは
原題はPersonnel Economics in Practiceで、直訳すれば『人事経済学:実践編』とでもなるだろう。多くの人にとって「人事経済学」はあまり耳慣れない用語であろう。これに対して「労働経済学」は経済学部の多くで開講されており、聞いたことがある人も多いのではないだろうか。ただ、労働経済学でよく採りあげられる問題は女性雇用や外国人雇用など、どちらかといえば働く人を分析対象としていることが多いように感じる。これに対して、今回採りあげる『人事と組織の経済学』は企業の視点に立った分析が主眼となっていることに特徴がある。
MBA向け経済学
このような特徴を持つに至ったのは著者の二名がいずれもMBAで教鞭を執っていることと無縁ではないだろう。日本では経済学は経済学部で、企業に関することは商学部や経営学部で学ぶことが多い。そのため、組織や戦略のような企業の経営課題を扱う経済学は両者の隙間にはまってしまい、米国ほどは定着していないように感じられる。そのような中で、人事や組織に関してMBA向けの定番教科書の一つである本書が訳されていることの意義は大きいだろう。
内容
本書の内容は4部構成となっており、第1部は「採用と従業員への投資」について書かれており、採用、企業内教育、離職管理について説明されている。つまり、ある人が企業に最初に関わって、関わりを辞めるまでの全体像を最初に提示しているのである。第2部は「組織と職務の設計」で、企業はどのような組織をとっており、それにどのようなメリットがあるのか、そこでどのように働かせるのかが説明されている。第3部は「実績基づく報酬」として、実績の評価とそれにたいする報酬、昇進、オプションという報酬に関して多様な観点から説明がされている。第4部は応用編として、福利厚生、起業、雇用関係の3点が説明されている。このように人事や組織にまつわる話題が包括的に取り扱われており、まさしく教科書といった内容になっている。
日米の相違点
日米で人事はかなり異なるため、米国の本を読んで役に立つのか疑問に思う人も居るかもしれない。確かに退職管理について入札の例が用いられているなど、日本であまり用いられないたとえや、制度が解説されているところも散見される。職務設計の説明に2章割いているのも、米国では日本より職務が明確に定義されているからこそであろう。ただ、能力への投資の章ではOJTについて、実績に対する評価の章では主観的業績評価が説明されているなど、一見すると「日本的」に見える人事の特徴が米国でも垣間見えることがわかるだろう。そして、そうだからこそ、人材の流動性が増していく今後に、米国のあり方が「すでに起こった未来」として、あるいは良い比較対象として役に立つと思う。米国は日本と違うと斜に構えないで、どこがなぜ違うのか、日本で活かせるとしたら何か、を考えながら読まれることをお勧めする。
重い、がそれ以上の価値
本書の最大の欠点はその重さ(厚さ)であろう。550ページを超える厚さがあり、電車通勤のお供にするのは正直苦行であろう。大学で使用する経済学の教科書と比較すると圧倒的に少ないとはいえ、中学数学レベルの数式やグラフが利用されていることから、数学に苦手感のある人からするとハードルになるかもしれない。ただし、その利用は最小限であり、ケースも多用されていることから、丁寧に読めば難しいとは感じられないと思う。量的にも内容的にも今日読んで明日役に立つ本ではないだろう。ただし、じっくり考えながら読めば、人事や組織を考える上で経済学という武器が身につくであろう。その武器を用いて、それまでの経験やこれからの課題を切れば、人とは違う分析を行うことが可能になるであろう。このようにじっくり腰を据えて、人事や組織について考えてみたい人にお勧めできる本である。
【今回の一冊】
著者:エドワード・P・ラジアー、マイケル・ギブズ
監訳 樋口美雄 訳 成松・杉本・藤波
出版社 日本経済新聞社
〈筆者紹介〉
名古屋市立大学経済学研究科教授 奥田 真也 氏
専門:会計学
2002年3月 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了 博士(商学)を授与される
大阪学院大学流通科学部講師、准教授、名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授などを経て、2017年4月より現職