人生で一度だけ大学生時代に塾の講師をアルバイトでやったことがある。
いわゆる個別指導をフランチャイズで展開している塾で、東京近郊の個人の自宅の一室に机をパーテーションで区切って並べていたように記憶している。勉強が得意な子供向けの進学塾というよりは、どちらかと言うと勉強が苦手な子供をターゲットにしている塾だった。
ある中学生の男子を担当しているときの話で、苦手なマイナスの数字の計算の練習問題を解かせて、教えようとしていた時の話。
苦手ということもあって、あまり正解率は高くない。
しかもその中で「-3+5=?」という問題についても間違っていた。
そこで「5-3はいくつになるか?」を聞くと「2」と即答できた。
「正解。簡単だよね。こんな簡単な問題は点数が稼げるのだから、間違わないようにしないともったいない。」と指導し、本人も気をつけると返事をくれ、その日は終了した。
簡単な問題は、厳しい結末に
そして、2日後に塾の女性オーナーから「なんて指導をしてくれたの?」と怒り口調で電話があった。
経緯を説明すると、
「簡単な問題が解けないと怒られた、解けないから通っているのにどういうつもりなのか?と親後さんが激怒している。担当を変えろ!」とのこと。
こちらは怒ったつもりもなければ、点数を稼げる問題を間違うのはもったいないことを伝えたかった、と真意を説明するも、あとの祭りだった。担当を変えられ、結果しばらくしてその塾のアルバイトを辞めることにした。
そのときは非常に納得いかない思いをしたことを今でも覚えているが、こちら真意が伝わらないことを実感した。
なぜ起きたのか?改めて考えてみる
その当時の私にとって、教えている内容は当たり前の話だが、非常に簡単に感じた。しかも、こちらは答えを見ながら指導もできるので、間違えることは絶対にない。自分も解けなかった時代があったときのことなど全く覚えていない。
しかし、彼はどうだったか?自分が勉強が苦手なことを悩み、嫌な勉強のためにわざわざ通っていた。
その彼の感情、理解度を意識せず、おそらくこの問題以前にも私は似たようなことをしていたのだと思う。そして、自分が簡単だと感じるものは、簡単な問題だ、との意識を表に出してしまったのだろう。
「簡単」と言う言葉が彼を傷つけ、私の彼の成績を上げるという目的は果たされないまま、退出することになった。その原因は私と彼の「簡単」の違いを理解できていなかったことに他ならない。
仕事の現場に置き換えてみる
部下と接するときに同じ間違えをしてはいけない。
つまり、上司は部下より経験や能力が上回ることが多い。つまり、上司の「簡単」は、部下にとって「簡単」でないことがある。
「こんな簡単なことが、なぜできないんだ」
「常識的に考えれば分かるだろう」
「普通はもっと気を配るよ」
などを多用しているときは要注意だ。
これらの言葉を使って何が起こるのだろうか?
できなかったこと部下をできるように指導するという目的は果たされない。そして部下は自尊心を傷つけられただけになる。
上司がするべきは、できなかった事実をそのまま受け入れ、部下の理解レベルに合わせて指導することである。そうしなければ部下はできるようにならない。
コミュニケーションの目的は、相手が変わったかどうかである。受信側である部下の状況に応じて発信することが上司には求められる。